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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

【あなたは知っていますか?】千田有紀氏の東大博士論文の発想は落合恵美子・京大教授の発想のパクリだった

千田有紀博士論文 千田有紀 落合恵美子

千田有紀氏(武蔵大学教授)は東京大学博士論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」を次のように締めくくっています:

 

◎ 以上、「家」パラダイムの成立とその理論的な帰結を検討してきた。この「家」パラダイムは、戦後日本の社会科学は戦争への反省から「民主化」の条件を探ろうとして「家」からの離脱を求めたものであった。しかしながら、このような日本への反省は、日本文化の説明変数としての「家」を遡及的に作り上げ、その問題設定の結果として、日本文化の「伝統」や「特殊性」を構築し、再び「日本」という「想像の共同体」の再構成に貢献してしまうという逆説を起こしてしまったのではないだろうか(注1)。

 

千田氏は、戦後日本の社会科学が戦争への反省から「民主化」の条件を探ろうとして「家」からの離脱を求めたことが、かえって日本の「家」の「伝統」や「特殊性」を遡及的に構築してしまい、再び「日本」という「想像の共同体」の再構成に貢献するという逆説を起こしてしまった、というのです。

 

しかしこの発想は落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(1989年、勁草書房)の次の発想と全く同じです:

 

◎だいたい、日本だけが特別だという発想は、丸山真男ら戦後知識人に責任があるのは間違いないが、その淵源は戦前の神国思想にまで遡れる。丸山らは、「神国日本」を全面否定しようとするあまり、「特別にダメな国・日本」という形で、神国の残像を残してしまった。わたしたちは今、その両方の「特別」の呪縛から解き放たれなくてはならない(注2)。

 

平たく言うと、つまりこういうことです。

千田氏は

戦後の社会科学は戦前の「家」を否定しようとしてかえって「家」を作り上げてしまった、

落合氏は

戦後の社会科学は戦前の「神国日本」を否定しようとしてかえって「神国日本」を作り上げてしまった、

ということです。

 以上から千田氏の博士論文の結論部分は落合恵美子氏の発想のパクリである事実が判明しました。落合氏の「神国日本」を「家」に置き換えれば博士論文の結論はあっという間に出来上がりです。

 博士論文の結論さえ決まればあとはその結論に合うように、適宜、捏造や改ざんを繰り返しながらつなぎ合わせれば博士論文完成です(注3)。このようにして千田論文は執筆されました。

 もちろん千田論文には「本論文の発想は落合氏の著作から得た」との記述は見当たりません。落合氏の発想をパクっておいて落合氏に何の断りもなく、まるで自分のオリジナルのように書くのはいかがなものでしょうか?盗用ではないのでしょうか?

 

【注】 

(注1)『思想』No.898、1999年4月号、岩波書店、97頁。以下「千田論文」とする。

(注2)落合同書278頁。

(注3)千田氏が博士論文で行った捏造・改ざんの具体例として次の記事を参照して下さい。千田氏の手にかかれば明治民法と戦後民法が法的に「連続」していた、との結論がいとも簡単に捏造されてしまいます:

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2017/03/11/150948

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2017/02/18/070354

 

千田氏は戸田貞三の家族社会学についても、戸田は日本の家族を欧米の家族と相反するものとは捉えていない、日本の家族もまた「家族」であり近代性の欠如は見られない、と虚偽を書いています(84-85頁)。実際には戸田は社会調査結果の分析に基づき、日本の家長的家族と欧米の近代的家族との相違点を指摘していました。この点については次の記事を参照して下さい:

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2017/03/04/131356

 

また千田氏は論文の頁数や文字数が不足している場合、次のような社会科学的根拠の不明な記述(その意味で学術の水準に耐えられない記述)を行うことで頁数・文字数を増やしました(下記記事参照):

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2017/02/18/200957

 

千田氏はまた、本論文で「・・・のではないだろうか」といった問題提起を繰り返し行っています。問題提起だけ行い、結論を述べずに逃げて次の話に移ったり、あるいは社会科学的根拠を示さずに「思えてならない」(96頁)と結論を決めつけて逃げる、というトンズラテクニック随所で駆使しています。本文でも書きましたように、千田氏は、論文の最終的結論(注1)ですら問題提起で終わっていましたよね?問題提起⇒トンズラ、問題提起⇒トンズラ・・・。千田論文はこの繰り返しが随所に見られます。もともと千田氏の論文の発想が落合氏の発想のパクリであって千田氏のオリジナルではありませんから、千田氏は論文の最終的結論(注1)にまで持っていくのにさぞかし苦労したのでしょう。