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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

武蔵大学・千田有紀教授の博士論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」を読む 7

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千田有紀教授は博士論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」の注釈(1)(97頁)で次のように書いています:

 

従来、「前近代性」「日本特殊性」と考えられてきた家族国家観や性別役割分業は、欧米の「近代」にも存在することが明らかになった。このような「近代家族」―私的領域としての自律性をもち、世帯主を中心とする経済的・政治的単位として、家族の愛情規範をともなって成立した家族―を考えれば、かつては日本には不在であるとされていた「近代家族」が、日本にも成立していたともいえる。つまり、「欧米近代」そのものと、「日本の近代」の再検討が必要とされる。【引用終わり】

 

上記記述は以下の命題を含んでいます。

【命題1】日本の家族国家観は「前近代性」と考えられてきた。

【命題2】日本の家族国家観は欧米の「近代」にも存在することが明らかになった。

【命題3】日本の家族国家観が存在する欧米の「近代」における「近代家族」は、私的領域としての自律性をもち、世帯主を中心とする経済的・政治的単位として、家族の愛情規範をともなって成立した家族である。

【命題4】命題3の意味での「近代家族」を前提に考えれば日本にも「近代家族」が成立していたといえる。

 

以下、それぞれについて検討してみましょう。

【命題1】について。

そもそも「家族国家観」は明治政府が作った国家観です。

コトバンク(注1)に依ると、明治末期には,皇室=国民の宗家,天皇=国民の父,国民=天皇の赤子という家族国家観が成立した、と書かれています。従って「家族国家観」ができたのは近代です。ところが千田氏は、この部分を、「「前近代性」・・・と考えられてきた家族国家観・・・は、」と書いているので、意味が解りにくいですが、ここは、近代に明治政府によって作られた「家族国家観」が、「前近代性」を有する(引き継いでいる)、と千田氏は言いたいようです。

 

【命題2】について。

本当に日本の家族国家観は欧米の「近代」にも存在したのでしょうか?例えば市民革命後のフランスにも天皇のような人が存在して、「家族国家観」を構築していたのでしょうか?あるいは独立革命後のアメリカにも天皇のような人が存在して、「家族国家観」を構築していたのでしょうか?私はそのような話は初めて聞きました。

千田氏は、家族国家観は欧米の「近代」にも存在することが「明らかになった」、と書いていますが、この点に関する出典や根拠をなんら明示していません。千田氏の捏造ではないのでしょうか?

 

【命題3】【命題4】について。

 【命題3】について見てみましょう。川本彰著『家族の文化構造』(講談社現代新書)によれば家族国家観について次のように説明しています:

「明治二十年代に確立された天皇制家族国家体制は、ファミリイを末端組織としてピラミッド型にあらゆる社会関係を規制し、そのヒエラルヒーの頂点に家族国家の家長である天皇をおくものであった。家族国家は絶対的価値を掌握し、他の独立する精神領域と秩序を許さない。かかる社会に生きるためには、とうぜんある種の鋳型にはまらねばならない。その鋳型とは、もちろん天皇制家族国家に適合する人間像である」(同書101頁)。

 この川本氏の家族国家観の説明と、千田氏が書いている、【命題3】の欧米の「近代」における「近代家族」の定義、とは内容が違っているのではないでしょうか?すなわち川本は「家族国家は絶対的価値を掌握し、他の独立する精神領域と秩序を許さない。と書いているのに対して、千田氏の【命題3】の欧米の「近代」における「近代家族」の定義では、その中に日本の家族国家観が「存在することが明らか」なはずなのに家族は私的領域としての自律性を持つ、と書いています。川本の説明と千田氏の説明は、内容的に相違しているのではないでしょうか?千田氏は社会科学者として自分の定義と川本の説明との相違点を論理整合的に説明する必要があるのではないでしょうか?

 そもそも【命題3】【命題4】が社会科学的に正しいと言えるためには、【命題2】の社会科学的正しさが前提になりますが、千田氏が【命題2】の社会科学的根拠を明示していない以上、【命題3】【命題4】は真偽不明、と言わざるをえません。

  結論的に、上記千田氏の記述は、学術の水準に耐えられる記述になっていません。

 ちなみに千田氏の博士論文の審査委員の主査は上野千鶴子です(注2)。

 千田氏は大学院時代にお世話になった師匠の上野について「『とくべつに指導はしない』と公言されている先生のもとで、本当に自由にやらせてもらいました。」と書いています(注3)。だから上で見たような歴史の捏造も「本当に自由に」やらせてもらえた、ということでしょうか。

ちなみにすでに当ブログ過去記事で述べましたように上野千鶴子は女性の研究者への就職に関して「あからさまな男性逆差別」システムを採用していました(注4)。もはやなんでもあり、ですね。

 

【注】

(注1)https://kotobank.jp/

 (注2)学位論文要旨詳細

 (注3)千田有紀著『女性学/男性学』(岩波書店、2009年)、169頁。

(注4)

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