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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

武蔵大学・千田有紀教授の博士論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」を読む 6

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1 武蔵大学千田有紀教授は、東京大学博士論文「『家』のメタ社会学:家族社会学における『日本近代』の構築」の中で戦前の戸田貞三の家族論について書いています(注1)。

 

2 すなわち千田氏は100頁、注31において、戦前の戸田の家族論では、性と年齢に基づいた従属関係が導き出されている、と述べた上で、ただしここでの従属は、「愛情や信頼にもとづいて、各人の自発性から服従する性質のものである」と書いています。私が戸田『家族構成』を読んだ限りでは戸田本人が「愛情や信頼にもとづいて、各人の自発性から服従する性質のものである」と書いた記述は発見できませんでしたが、千田氏個人が行った戸田『家族構成』の解釈によればこのように解釈される、ということのようです(千田氏が何を根拠にこのように書いたのかは不明です)。

 

ところが戸田貞三著『家族の研究』(大正15年、弘文堂書房)(注2)には次のように書かれています(旧仮名遣いは一部、新仮名遣いに改めました):

 

 【戸田・引用1】

◎・・・我が国にはこのように旧家を尊び、家系を尊重する風があるが、この家系の尊重とは如何なる事であるか、このように尊重せらるる家系とは如何なるものであるか。それは家族なる団体精神の連続である。家族集団に特有なる団体精神が、成員たる家族員に新陳代謝あるにもかかわらず、常に家族に固有の精神として存続する事である。すなわち家系とは家族精神の連続的存立にほかならない(同書250-251頁)。

 

◎我が国民はこの家族精神の永続性を尊重し、その連続を助長するために、家族員相互の関係、及び家族員と他の者との関係に、特有なる形式を定めている(同書255頁)。

 

◎妻とか、子女とか、養子等は、家族団体を永続せしむるために、それぞれ相応の働きをなす事を家族団体から要求せられている・・・(同書264頁)。

【戸田・引用1、終わり】

 

 

 この戸田の記述を読む限り、「家族」には、「旧家を尊び、家系を尊重する風」が存在し、家系とは「家族精神の連続的存立」を意味し、成員は、家族団体を永続せしむるために、それぞれ相応の働きをなす事を家族団体から要求されています。戸田はまた、我が国民はこの家族精神の永続性を尊重し、その連続を助長するために、家族員相互の関係、及び家族員と他の者との関係に、特有なる形式を定めている、とも書いています。

 すると戦前の家族は、「家族集団に特有なる団体精神」に支配され、家族精神の永続性を尊重して行動するよう「家族団体から要求」されていたからその要求通りに動いていたのであって、千田氏の言うように「愛情や信頼」にもとづいて、「各人の自発性から服従」していたとは言えないのではないでしょうか?戸田の書いている内容と、千田氏が本論文100頁注31で書いている内容とは違うように思います。千田氏のこの記述は論文不正(捏造)ではないのでしょうか?

 

3 また千田氏は戦後初期の福武直の「封建遺制」論について触れ、次のように述べています:

 

・「家」が「封建遺制」であるというこの問題設定(=筆者注:福武の問題設定のこと)は、意外なことに家族社会学においては新しいものである(81頁)。

・戦前「家」は「封建遺制」とはみなされていなかった(81頁)

・戦後になって、社会学理論内で、「封建遺制」「前近代性」としての「家」が、ひとまとまりの概念として構築されてきた(86頁)

・「家」が「封建遺制」であるという問題設定は、きわめて戦後的である(99頁注17)。

 

 しかし、上記のように、戸田はすでに戦前に著書で家の封建的側面を書いているわけですから、この千田氏の論の運び方は強引ではないでしょうか?「遺制」という日本語は岩波書店の『広辞苑』(第5版)を見ますと「昔の制度で今に遺っているもの」とあります。戸田は戦後ではなく、戦前に、戦前の、家の封建的側面を書いたから「遺制」とは書かなかっただけではないのでしょうか。千田氏は「戦前の社会学の家族論では「家」が武士的・儒教的家族制度として意識されることはなかった」(87頁)と書いていますが、上記の戸田の記述は「家」の武士的・儒教的側面を意識して書いています。

 千田氏は、戦後、日本社会や家族の前近代性が「家」に集約されることで、戦前と戦後の家族論の間に、はっきりとした理論的断絶が起こった、と書いています(81頁)。また千田氏は戦後日本の社会科学は戦争への反省から「民主化」の条件を探ろうとしてかえって「家」を遡及的に作り上げた、とも書いています(97頁)。千田氏はこれらのことを書きたいがために、戸田の、戦前の家の封建的側面についての上記記述を意図的に無視し、かつ、戦後の福武の「封建遺制」論を「新しい」と言ってその新しさを強調することによって強引にストーリーをでっち上げているのではないでしょうか?私にはそのように思えます。みなさんはどのようにお考えでしょうか?

 

【注】

(注1)『思想』No.898、1999年4月号、岩波書店、84頁以降参照。

(注2)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018689