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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

菅野完著『日本会議の研究』の研究 2 ~言語不明瞭、趣旨不明瞭な、いいかげんな書物~

第1 菅野完氏のツイッター発言

【発言1】

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【発言2】

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第2 研究

1 菅野完氏は上記「第1」の【発言1】において「『日本会議によって自民党が支配されている』なんて、書いたことも言ったことも、全く、ない」と述べている。【発言2】も同趣旨である。

 ところが『日本会議の研究』173頁では、「日本会議や『生長の家原理主義者ネットワーク』をはじめとする「一群の人々」が安倍の周りに群がり、影響力を行使できる」のは、安倍総理の「権力基盤の脆弱さ」に由来するのではないか、と述べている。日本会議安倍総理に対して影響力を行使できる、というのである。

 日本会議が権力基盤の脆弱な安倍総理の周囲に群がって安倍総理に対して影響力を行使できる、というのと、日本会議自民党を支配する、というのと、どのように意味が違うのであろうか?もし安倍総理に対して「影響力を行使できる」の意味が、権力基盤が脆弱で日本会議以外に他に頼るべき味方がいない安倍総理日本会議の言うことをなんでもストレートにきく、という意味であれば、これは日本会議安倍総理自民党を「支配する」のと同じ意味ではないだろうか。

 同書210頁では「安部政権を支える日本会議』」との表現があるが、日本会議が安部政権を「支える」という表現と、日本会議が安倍政権に「影響力を行使する」という表現とは、日本語の意味が全く異なる。この点はどのような意図で書かれているのか疑問である。

 また菅野完氏は本書297-298頁で、日本会議所属の、椛島有三、衛藤一、百地章高橋史朗伊藤哲夫といった、「一群の人々」が日本の民主主義を殺すだろう、と書いているが、もし菅野氏の第1【1】発言のように、日本会議によって自民党が支配されていない、のなら、日本会議所属の「一群の人々」によって日本の民主主義が殺されることなどありえないのだから「一群の人々」によって日本の民主主義が殺される、などとたいそうなことを書く必要はなかったのではないだろうか。

 また同書219-220頁の記述では、次のように述べている:

 

日本会議」も、支持者向けの講演会とはいえ「本音は明治憲法復元だ」と主張する日本政策研究センター」も、もとをただせば、「生長の家学生運動」に行き着くわけだ。まさにここが安倍政権を取り巻く改憲勢力」の淵源と言っていいだろう。

 

 ここで菅野氏の用いている「取り巻く」という日本語も日本語として非常にあいまい不明確で、具体的になにを言っているのかはっきりしないところがある。特に上記の、安倍政権に「影響力を行使する」あるいは安倍政権を「支える」という表現とは意味がどう違うのであろうか。

 以上のように、日本会議が、安部政権を「取り巻く」、安倍政権に「影響力を行使する」、安倍政権を「支える」、といった、統一性・一貫性の無い、あいまい不明確な書き方をしておけば、あとで読者から追及されたときに著者は「私はそんなことは書いたことも、言ったことも、全くない」とか、なんとでも言い逃れができてしまうのである。その意味で『日本会議の研究』は言語不明瞭、趣旨不明瞭な、いいかげんな書物である。本書が一部の人々から「トンデモ本」と呼ばれる所以である。