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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

菅野完著『日本会議の研究』の研究 1 ~谷口雅春氏の「天皇信仰」~

【注意:私の家は母が生長の家を信仰していますが、私自身は生長の家に反対しています。創始者谷口雅春氏の教えは天皇信仰や、国家主義的・全体主義的な教えや女性差別的な教えが多く、日本国憲法秩序に矛盾・抵触すると判断したからです。この点、誤解のないようお願いします。】

 

 『日本会議の研究』の著者・菅野完氏は同書33-34頁、「日本会議に集まる宗教団体の多様性」の中で、日本会議に参画する宗教団体に統一性が見られないとして、次のように述べている。

 

 伝統と格式を誇る古くからの宗教(延暦寺をはじめとする天台宗など)と、明治以降成立したいわゆる「新宗教」が肩を並べるなど、明らかに統一性が見られない(同書34頁)。

 

 しかし、日本会議の中心メンバーが信仰する生長の家創始者・谷口雅春氏の「天皇信仰」の教えでは

 

「一切のもの、天皇より流れ出て、天皇に帰るなり。」

「全ての宗教は、天皇に帰一するための前提として存在の意義があるなり。」

「すべて宗教は、天皇より発するなり。」

 

とされる(注1)。

 つまり、谷口雅春氏の「天皇信仰」の教えを信仰する日本会議主催者から見れば、どのような宗教団体が日本会議に参加してこようとも、それは、天皇より発し、かつ、天皇に帰一するための前提として存在の意義がある宗教が日本会議に参加してきたということであり、参加してきた宗教はすべて「天皇信仰」によって統一されている、ということになるのである。 

 この点、武田崇元氏はツイッターで次のように述べている。

f:id:shinjiro7:20160629032045p:plain

  たしかにこのような考え方もあろう。しかし、日本会議に参加する諸宗教の思惑がどうであれ、谷口雅春氏の「天皇信仰」の教えを信仰する日本会議主催者から見れば、日本会議に参加してきた宗教はすべて「天皇信仰」によって統一されているのである(注2)。『日本会議の研究』においてこの点を指摘せず、「明らかに統一性が見られない」とだけ述べた菅野完氏は、「明らかに研究不足」である。

 

(注)

(注1)

谷口雅春氏の「天皇信仰」については下記URL参照。

http://www.geocities.jp/seichou5/newpage7.htm

 

(注2)このように、谷口雅春氏の教えは、すべてを包摂する大風呂敷的な点に大きな特徴があり、それが過去の生長の家教団の教勢拡大のキーポイントでもあった。谷口雅春氏は多くの国民(臣民)をこの「天皇信仰」の教えによって包摂し、戦争に駆り立てたのである。なお、本稿では宗教との関連において谷口雅春氏の「天皇信仰」について述べたが、そもそも谷口雅春氏の「天皇信仰」では「一切のもの、天皇より流れ出て、天皇に帰るなり。」とされている点に注意されたい。「一切のもの」とされているので、話は宗教だけに限らない。「一切」の中には「国民」も含まれる。従って将来的に、もし、自民党憲法改正草案の内容どおりに憲法改正がなされてしまえば、全国民が「天皇信仰」に包摂される可能性は高い。そうなれば、戦争で何万人国民が死のうが、もともと天皇から流れ出た国民が天皇のもとに帰っただけであるので何の問題もない、という形で戦争と国民の死はすべて正当化される。そして天皇信仰の「一切のもの、天皇より流れ出て、天皇に帰るなり。」という発想のもとでは現行憲法のように、国民一人一人がかけがえのない存在であるとか個性を持った存在であるとか自己決定権の享有主体であるとか、そういったことは一切問題とされず、あくまで、「天皇から流れ出て、天皇に帰る」存在であることだけが考慮される。このような発想に基づいて、自民党憲法草案13条では現行憲法13条の「個人」の文言を単なる「人」に変更している。つまりこの草案13条では現行憲法の「個人」の文言が「人」にダウングレードされているわけであるが、この意味するところは、「人」は戦争で死んでも「天皇に帰った」高級霊として靖国神社に祭ってもらえるので人間以外の動物よりはなお高級な存在なのであり、その意味で(動物よりは)人として尊重」自民党憲法草案13条前段)される、ということであると考えられる。日本国憲法が現状のまま維持されることを祈るばかりである。