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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

井上武史氏の「集団的自衛権行使=合憲」説はどこが「間違い」なのか

井上武史氏の「集団的自衛権行使=合憲」説(注1)はどこが「間違い」なのか、について以下、検討する。

 

1 井上氏は「憲法の基礎的な前提」が理解できていない

 集団的自衛権行使の合憲性を判断するに際しては、憲法の基本原理である「平和主義」の基礎的な理解がなされていることが前提として必要であるが、井上武史氏は、ツイッター上で、何が憲法の基本原理であるかはわからない、との趣旨の発言をしており、三大基本原理そのものも憲法の基本原理であるかどうかはよくわからないし、平和主義も多義的かつ不明確であって、平和主義が基本原理であるかどうかはわからない、との趣旨を述べている。

 しかも井上氏は、「憲法前文」を「平和主義」の根拠と考えるのは「非専門家」の「独自説」であって、憲法学者にそのような見解をとる者はいない、と言う(注2)。

 しかし芦部信喜著『憲法』(1997年)には、「日本国憲法は、国民主権基本的人権の尊重、平和主義の三つを基本原理とする。これらの原理がとりわけ明確に宣言されているのが憲法前文である」と書かれている(同書35頁)。

 つまり「憲法前文」は「平和主義」の根拠なのであり、井上氏は間違っているのである。このように、井上氏は憲法の基礎的な前提が理解できていない。このことは後に見るように、集団的自衛権行使の合憲性判断に大きな影響を与える原因になる。

 

2 井上氏は「法解釈の作法」を踏まえていない

  憲法の基本原理については、これを

(ア)憲法条規の解釈原理や解釈指針として位置づける考え方と、

(イ)憲法改正限界原理と結びつける考え方がある、とされる(注3)。

 

 たとえば私などは集団的自衛権行使の合憲性を判断する際、上記(ア)の立場に立脚して、平和主義を、9条の解釈原理(もしくは解釈指針)として用いる立場から(注4)、平和主義の根拠である前文の解釈を行い、それによって導き出された、為政者の戦争接近禁止の憲法規範を9条の解釈原理として用いることによって、集団的自衛権行使は9条に違反するので違憲である、と考えるが(注5)、井上氏はこうした考え方は採らない。井上氏は、前文は一切用いることなく、9条の解釈のみによって、9条の条文上、集団的自衛権行使が禁止されていないから合憲、とする。そして井上氏は上記(ア)の見解には立脚していない。

 以上を前提に井上氏の考え方を検討する。

 まず、井上氏が集団的自衛権行使の合憲性判断を行うに際して前文解釈をしなかったのは、上で述べたように、前文は平和主義の根拠であるにもかかわらず、井上氏が「前文は平和主義の根拠にならない」という誤った憲法理解をしていたからである(これは上述のとおり、井上氏が「平和主義」を憲法の基本原理とは考えない、という誤った理解をしていることにそもそもの原因がある)。

 また、「平和主義」という基本原理を上記(ア)のように憲法条規の解釈原理や解釈指針として位置づける見解が存在し、その見解に立脚すれば、私見のように「集団的自衛権行使=違憲」という結論が導き出される可能性があるのであるから、井上氏は、もし自分が(ア)の見解に立脚しないという立場に立つのであれば、なぜ(ア)の見解に反対するのか、その理由についても充分な論証がなされるべきであるにもかかわらず井上氏は一切、そうした解釈手順を踏んでいない。自分の立脚する見解とは反対の見解がある場合には、自分がなぜ相手の見解に反対するのかについて充分な論証を行い、反対説を批判することは、法解釈の作法である。ところが井上氏はこうした法解釈の作法を踏まえていない(これもやはり上述のとおり、井上氏が「平和主義」を憲法の基本原理とは考えない、という誤った理解をしていることにそもそもの原因がある)。

 

3 まとめ

 以上のように井上氏は、憲法学の専門家であるにもかかわらず、(1)「平和主義」は憲法の基本原理であるにもかかわらずそれを基本原理として考えていなかったこと、(2)「平和主義」の根拠条文が「前文」であるという基礎的知識が欠けていたこと、そのため、(3)集団的自衛権行使の合憲性判断に際して、「平和主義」を憲法条規の解釈原理や解釈指針として位置づける考え方(=上記(ア)の見解)の存在に気付くことすらできなかったこと、従ってまた、(4)「平和主義」を憲法条規の解釈原理や解釈指針として位置づけて9条を解釈する考え方(=上記(ア)の見解)に立脚すれば集団的自衛権行使=違憲、という、合憲説とは反対の結論が成り立ちうる可能性にも気付くことができなかったこと、そのため、井上氏は(5)反対説を批判して自説を展開するという「法解釈の作法」を踏まえることができなかったし、(6)もし反対説に気がついていれば自説の妥当性について再考する機会が与えられ、「集団的自衛権行使=違憲」の結論に到達できたかもしれなかったのに、それができなかった。

 このように、井上氏の「集団的自衛権行使=合憲説」は、憲法の基礎的な前提の理解が不充分であったこと、および法解釈の作法や手順を踏んでいないこと、が原因で導き出されたといえる。

 井上氏の犯したこうした「間違い」は、「憲法の基礎的な前提」の理解と「法解釈の作法」を踏まえることの重要性を法学徒に改めて教えてくれる。 以上

 

 

(注1)

井上武史氏が集団的自衛権行使「合憲」説を述べた、「井上武史(九州大学大学院) 安保法案学者アンケート」は次を参照してください。

http://www.asahi.com/articles/ASH7974STH79UTIL04V.html

井上氏の見解の批判的検討として、以前の私の論稿も参照してください。

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2015/10/04/131613

 

(注2)

井上氏が、「前文」は平和主義の根拠ではない、云々、と述べた証拠は下記のURLを参照して下さい。

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2015/10/05/230134

ツイッターでの私と井上氏とのやり取りは下記のURLを参照して下さい。

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2015/09/25/120731

 

(注3)

(ア)と(イ)はいずれか一方のみの立場に立脚することしか許されない二者択一の関係ではないと考えられる。(ア)と(イ)双方を支持する考え方も成り立ちうるであろう。

 

(注4)

このような考え方は、大石眞『憲法講義Ⅰ』第2版、有斐閣、57頁参照。

 

(注5)詳しくは下記を参照してください。

http://shinjiro7.hatenablog.com/entry/2015/10/04/131613