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総合研究所

shinjiro7=ネット巡回型・問題点指摘ロボット。武蔵大学・千田有紀教授の論文不正(捏造)問題追及。著作権は当方に帰属しています。 すべてのページの無断転載を禁じます。(連絡先) ivishfk31@gmail.com

朝日新聞「井上武史(九州大学大学院) 安保法案学者アンケート」の憲法上の問題点  松浦晋二郎

第1 はじめに 

 井上武史氏は朝日新聞の「安保法案学者アンケート」で集団的自衛権行使を「合憲」とする結論を出している。

 以下では、井上氏がこの結論を導くうえで用いた憲法解釈の問題点、および、この結論が導かれるに至った原因について検討する。

 なお「井上武史(九州大学大学院) 安保法案学者アンケート」のURLは次を参照してください。

http://www.asahi.com/articles/ASH7974STH79UTIL04V.html

 

第2 具体的検討

1 井上氏は同アンケートの中で次のように言う(①~④は検討の便宜上、筆者がつけたもの)。

 

「①日本国憲法を見ると、個別的自衛権と同様に、集団的自衛権の行使についても明確な禁止規定は存在しません。②それゆえ、憲法の文言からは、集団的自衛権の行使を明らかに違憲と断定する根拠は見いだせません。③憲法9条1項を国際法上の用法に従い武力行使禁止原則を掲げたものと解する有力な立場によれば、同項が禁止するのは、国策の手段としての「戦争」および日本が当事国となっている国際紛争についての「武力による威嚇又は武力の行使」であり、自衛のための武力行使は禁止されていない、ということになります。④そうすると、憲法解釈によっても、個別的・集団的自衛権の行使が禁止されている、と直ちに結論づけることはできないと思います。」

 

2 まず、①②は正しい。たしかに憲法の条文上、個別的自衛権行使も、集団的自衛権行使も、いずれについても明確に禁止した規定は存在しないので「②憲法の文言からは、集団的自衛権の行使を明らかに違憲と断定する根拠は見いだせません。」との結論は正しい。

 

3 では③はどうか。

 井上氏は「憲法9条1項を国際法上の用法に従い武力行使禁止原則を掲げたものと解する有力な立場」に立脚した上で、同項が禁止するのは、国策の手段としての「戦争」および日本が当事国となっている国際紛争についての「武力による威嚇又は武力の行使」であり、自衛のための武力行使は禁止されていない、との解釈論を展開する。

 これはおそらく佐藤幸治著『日本国憲法論』93頁の「A1説」に該当する見解であると思われる。

 井上氏は「自衛のための武力行使は禁止されていない」と述べている。もっとも、「武力行使」と言っても井上氏がどこまでの「武力行使」を考えているのかは不明であるが、私自身は従来の政府見解に従って、自衛隊に許されるのはあくまで自衛のために必要な最小限度の実力すなわち「自衛力」の行使であると考える。しかしこの点は見解の相違であって、問題はないと考える。

 

4 そして井上氏はこの9条1項の解釈のみから、「④憲法解釈によっても、個別的・集団的自衛権の行使が禁止されている、と直ちに結論づけることはできない」と述べ、集団的自衛権行使を合憲とする結論を導いている。

 しかし私はこの点は問題があると考える。

 なぜなら本件のように憲法の基本原理である「平和主義」が問題になっている場合の為政者の行為の合憲性を判断するに際しては、憲法9条のみを解釈するだけでなく、前文もまた憲法典の一部を構成しているのであるから、前文についても文言を解釈し、前文から憲法上の禁止規範を導き出せる場合にはそれを導き出したうえで、当該禁止規範を個別的自衛権行使、集団的自衛権行使に当てはめて、その合憲性を考えるべきだからである。

 そこで平和主義の趣旨から、9条だけでなく前文についても解釈し、前文から憲法上の禁止規範を導き出したうえで、個別的自衛権行使、集団的自衛権行使に当てはめると以下のようになる

(以下、私見である)(注1)。

 

「(1)私は前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」したとの文言や、同じく前文の「平和のうちに生存する権利」という文言を「平和主義」の趣旨から解釈すると、政府の、戦争への接近行為または戦争に至る可能性のある危険な状況への接近行為を禁止する禁止規範を導くことができると考える。

 

(2)すると個別的自衛権の範囲内で自衛隊を合憲とする従来の政府見解では、自衛隊は他国から攻撃された場合にのみ(憲法の禁止する「戦力」ではなく)「自衛力」を行使するだけであって、積極的に戦争に接近するわけではないので、上記「禁止規範」に抵触はしない。

 

(3)しかし集団的自衛権行使は、日本が集団的自衛権を行使した場合には相手国にとっては日本からの先制攻撃になり、相手国にもしも同盟国があった場合には、今度は相手国の同盟国から集団的自衛権を日本が行使されるなど、日本が世界戦争に巻き込まれる危険性があり上記「禁止規範」に違反する。従って憲法違反である。 」(私見、終わり)

 

5 井上氏のアンケート回答にはこの「前文解釈とあてはめ」が欠落している。その結果、9条の解釈のみから、集団的自衛権行使が合憲である、との結論が導き出されてしまった。井上氏が9条の解釈とともに「前文の解釈とあてはめ」も行っていれば、集団的自衛権行使は違憲、という結論が導き出されたのにもかかわらず、それをしなかったため、集団的自衛権行使合憲、という結論が導き出されてしまったのである。 

 

6 私が井上武史氏とツイッターでやり取りして判明したところでは、井上氏は「平和主義」はそもそも憲法の基本原理ではないと考えており、かつ、前文は憲法解釈に用いるべきではない、と考えている。そのため井上氏は、平和主義の趣旨から上記「前文解釈とあてはめ」を行う、ということをせず、9条の解釈のみを行うことによって、集団的自衛権行使は合憲、という結論を導き出したものと思われる。 

 

7 私は、上記の「前文解釈とあてはめ」をすれば集団的自衛権行使「違憲」の結論が導き出されるのに、なぜそれをしないのか、とツイッターで井上氏に質問し、また、井上氏の「集団的自衛権行使=合憲説」は間違っている、とツイッターで発言したところ、それが井上氏の逆鱗に触れてしまったようで、井上氏は私のことを「非専門家」とか「憲法の基礎的な前提や作法を踏まえていない」「法学の素養がない」などと私を繰り返し侮辱してきたため、それ以後、井上氏とのやり取りは事実上不可能となった。

 

 しかし私は、私のような憲法の「非専門家」で、「法学の素養がない」人間でも、前文解釈によって上記「禁止規範」を読み取ることができるにもかかわらす、なぜ「憲法学の専門家」である井上氏が前文から上記「禁止規範」を読み取ることができないのか、非常に疑問に思う。

 

 井上氏はツイッター上で、「平和主義」が多義的で不明確な概念であると述べたが、そうであれば、憲法学専門家の学識で、それを明確にして、「平和主義」から導かれる憲法規範(もしくは憲法の他の条文解釈の指針)を社会に提示するのが憲法学者の仕事ではないかと思うのだが、井上氏は「平和主義」は「多義的で不明確」だから「平和主義」がどういう意味か解りません、というのである(注2)。そこには憲法学者として、為政者の行為を全力で憲法的に統制していこうという気概は全く見られない。

 

 また井上氏は、ツイッターで「平和主義を考慮するのも一つの立場ならば、それを決め手としないのも一つの立場だと思いますよ。しかしそれは解釈の「正誤」とは無関係だと思います。」と述べた。

 

 しかし私は、井上氏の憲法学は、なんだかんだと理由をつけて前文、平和主義、の憲法解釈を回避し、為政者の行為を合憲にしようとする「逃げ」の憲法学であるように思う。繰り返しになるが私は前文も憲法典の一部なのだから前文の解釈もすべきであると考えるし、まして集団的自衛権の行使が合憲か違憲かは自衛隊員の生死に関わる重大な問題なのであるから、9条のみならず前文も解釈して、合憲性判断をすべきであると考える。しかし井上氏はそれを拒絶する。井上氏には、憲法学者として、いかなる憲法規範も取りこぼさずに為政者の行為を全力で憲法的に統制していこう、という真摯な姿勢が欠けている。 以上

 

【注】

(注1)大石眞教授『憲法講義Ⅰ』(第2版)57頁では憲法の「基本原理」を憲法条規の解釈原理や解釈指針として位置づける見解もある、と書かれていること、および、芦部信喜憲法』(1997年)37頁によれば前文は裁判規範としての性質までは認められないとされていることからすると、本文で述べた前文解釈によって導き出した憲法規範は実際には9条を解釈する際の「解釈原理」または「解釈指針」として機能することになると考える。集団的自衛権行使は、前文の「解釈原理」または「解釈指針」によって9条の解釈においては禁止され、結果的に集団的自衛権行使を容認する閣議決定は9条違反になると考える(私見である)。

 

(注2)

 同じくツイッターでのやり取りの中で、井上氏は憲法の基本原理として、国民主権、平和主義、基本的人権尊重主義の3つに限られるのかどうかはわからないし、この3つが基本原理なのかどうかも不明確である、との趣旨も述べていた。井上氏のように「平和主義」は「多義的で不明確」だから「平和主義」がどういう内容か解らない、ということは、要するに井上氏は「平和主義」を憲法の基本原理としては考えていない、ということを意味しており、そしてそれは「平和主義」が憲法改正の限界を画する限界原理としては機能しないことを意味する。したがって、例えば安倍政権が井上武史憲法学理論に従って憲法改正をした場合、軍国主義憲法に改正しても憲法上問題はないということになる。このように井上武史憲法学は、「日本国憲法は邪魔なので破壊したい」と考える為政者にとって有利な憲法学理論なのである。井上氏は、解釈学に正解はない、と言うが、軍国主義的色彩のきわめて濃厚な自民党憲法改正草案に従って憲法改正がなされようとしている昨今、井上氏のような憲法解釈、憲法学理論、が許されるのかは大いに議論されるべきであると思う。ちなみに私は平和主義を憲法の基本原理として考える立場から、井上武史憲法学には反対する。